地獄のオルフェウス


NYやWEでも滅多に上演されることがないというテネシー・ウィリアムズの「地獄のオルフェウス」。東京公演の評判がよかったので観に行ってきました。

story:
アメリカ南部。ありふれた町の洋品雑貨店。ガンに冒され、医師にも見放された店主ジェイブが二階に伏している。しかし、妻のレイディの関心は夫にではなく店の改装計画にあるらしい。彼女はイタリア移民の娘で、父がかつて開いていたワイン・ガーデンで過ごした少女時代の思い出を心に抱いている。そんなある日、蛇革のジャケットを着てギターを持った奇妙な青年が現れた。名はヴァル。彼のどこか野性味や純粋さを感じさせる人柄に魅かれ、レイディは彼を雇い入れる。
数週間後。彼女はいつの間にかほかの女性に嫉妬を抱くほどヴァルのことを思い始めていた。父の死後、金で買われるようにジェイブの妻となり、この異郷の地で苦汁をなめてきたレイディにとって、ヴァルは希望の光であった。しかし町には保守的で排他的な空気が澱み、タブーを犯した者には厳しい制裁が待ち受けている。
レイディは夫に内緒でヴァルを店の小部屋に住まわせようとする。彼女の思惑とその危険性を嗅ぎつけ、こっそり店を出ていくヴァル。だが二人の絆は強い。再び舞い戻ったヴァルとレイディは渾身の力で愛を確かめ合うのだった。
ところが、もう二度と床を離れることはないと思われていたジェイブが死神のごとく階段を降りてくる。驚きあわてるレイディとヴァル。さらに、町の女たちの注目を魅き、保安官の妻ヴィーとの中をも疑われるヴァル。瀕死の夫に構わず今晩の新装開店に奔走するレイディ。二人にこの町の因襲と暴力がのしかかってくる。保安官に町からの退去を命じられたヴァルは、レイディに別れ話を持ちかける。彼の裏切りに逆上するレイディ。だが自分がヴァルの子を宿したと知ると意気高らかに宣言する―――「たたかいに勝ったのよ、実を結んだのよ!」そしてその直後、喜色に満ちたレイディの顔面が急に青ざめていく…。
~シアターコクーンHPより


T.ウィリアムズについては研究が進んでいて、自伝的作品といわれる「ガラスの動物園」だけでなくその多くに作者の性的指向や家庭環境、特に精神疾患のあった実姉の存在が大きな影響を与えているとされています。「熱いトタン屋根の猫」「欲望という名の電車」などもそう。デビュー作の「天使のたたかい」をもとに、17年の月日をかけ何度も加筆し仕上げたといわれるこの戯曲も当然のことながらウィリアムズの置かれた複雑な状況や世界観が強く反映されていました。

アメリカ南部の町に残る因習や閉鎖性・排他的体質という、彼の作品に欠くことのできないファクターはさらに強調されていて、息をすることすら難しいような抑圧的な社会はまさに現世における地獄のよう。そんな中、黒人祈祷師の雄叫びに誘われるかの如く、竪琴ならぬギターを手に登場する美しい青年ヴァルは、その異質感や解き放たれた思想とともに女たちの目には「救済」そのものに映ったことでしょう。白の蛇革ジャケットを身に纏う姿は自然界における美を象徴しているようにも思えましたし、人種や性癖などとは無縁の、人間の価値観を超越した存在を表しているようにも受け取れました。この作品を観る前に、とある俳優さんとT.ウィリアムズの作品に毛色の違う春馬君の起用はどうなのだろうと話をしたことがあったのですが、彼の姿の美しさと内面から湧き出る透明感は町に渦巻く私欲や嫉妬、暴力性を浄化してくれるようで(最後にはそれも踏みにじられるわけですが)ヴァルという役柄に非常に合っていたように私は思いました。

しかしウィリアムズの作品は暗くて重い。それでも強く心が惹きつけられるのは、無知であったり暴力的な人間、または現実社会によってとことん虐げられ破滅へと向かう繊細な人物に自身を投影しながらも、その優れた知力と筆力の中に隠しても隠しきれない彼の虚栄心や自尊心を垣間見ることができるからかもしれません。感受性の強さ・脆さと相反するタフさ、ウィリアムズの複雑な人間像に面白みを感じているんだと思います。


レイディ・トーランス:大竹しのぶ
ヴァル・ゼビア:三浦春馬
キャロル・クートリア:水川あさみ
ヴィー・タルボット:三田和代
ジェイブ・トーランス:山本龍二
演出:フィリップ・ブリーン
翻訳:広田敦郎
森ノ宮ピロティホール
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by konekohaku | 2015-06-21 22:17 | movie・theater  

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