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宝塚歌劇雪組公演『るろうに剣心』・スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』


ちょっと前になってしまったけれども時間をあけることなく宝塚歌劇とスーパー歌舞伎を観劇した。改めて観てみると共通点がたくさんあって、その発見が面白かった。

どちらも理想を具現化した究極の嘘の世界、劇画の非現実がとてもよく合う。開幕前は心配されたがるろ剣もワンピも蓋を開けてみれば大好評、原作ファンからも支持されていたらしい。ワンピを観た時、わー宝塚も一緒なんやなと思ったのは、ファンはどちらの世界でもお馴染みの役者の成長を温かく長いスパンで見守り続けているということ。題材が変わってもパフォーマンスにはお約束事があり、それがないと存在意義がなくなってしまうということ。拍手の回数が他の舞台に比べて格段に多いこと。これらは宝塚や歌舞伎の世界に限ったことじゃないんだろうけれど、少なくとも小林一三さんは向こうを張って女性だけの劇団を創設するにあたり、たくさんの日本人が喜ぶツボとファン心理を先駆者から学ばれたのだろうと思う。

そしてあの手この手を使って新しいファンを獲得しようとしているのも同じだった。特にスーパー歌舞伎はその立ち位置から今後どう発展させていくか色々と試行を重ねているように見受けられた。時代とともに変化していくファンの心を繋ぎとめるのは大変なこと。もう私の感性はポンコツすぎてとやかくは言えないけれどそれぞれの独自の美学を貫いて次の世代に繋げてほしい。どちらも素晴らしい文化だもの。楽しい時間だった!
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by konekohaku | 2016-04-23 13:01 | movie・theater  

ナショナル・シアター・ライブ『橋からの眺め』






久々に心掴まれる舞台を観た。ライヴ映像だけれど。

静かに流れるフォーレのレクイエム。二人の、シャワーの下で黙々と身体についた汚れを落とそうとしている男性の姿。
冒頭から、目の前の映像以外の一切が消えてしまうかのような不思議で強烈な光景。

舞台にあるのは正面に設えた、入口の分だけ切り取られた壁と、ステージをぐるりと取り囲む、目に邪魔にならぬ長椅子のみ。小道具はタオルとたばこと一足のハイヒール、背もたれのついた木製の椅子くらいだったか。
・・・それだけ。たったそれだけなのに、秀でた演出によりイタリアからアメリカへと豊かさを求め海を渡り、社会の底辺で肩を寄せ合いながら生活している家族やコミュニティの、逃げ場のない複雑に絡み合った愛憎が深く緻密に描かれていた。初めてイヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出を観たけれど極めて手持ちのカードが少ない中、お互いの腹の中を探り合う空気と時間までもを表現することのできる噂通りすごい才能の持ち主だと思った。プロジェクションマッピング、派手な衣装、大音量・・・人間の感覚を刺激するものをどんどん足していくと観客は喜ぶかもしれない、興奮するかもしれない。しかし引き算の舞台が成功した時、感覚刺激系のそれからは感じられないえもいわれぬ上質感と深みと余韻をよぶ。この『橋からの眺め』はまさにそんな感じ。演劇好きにはたまらんよ。

主役のマーク・ストロングを評価する声が多いようだけれど(オリヴィエ主演男優賞を受賞)、もう少し人間の業を強く感じさせるようなドロドロした演技でもよかったのではないかなぁ。ちょっとあっさりしているように思えちゃった。むしろ彼を取り囲む役者たちが自然でとてもよかった。

それにやはり本がいい。確かアーサー・ミラーはマリリン・モンローと別れたあとにこの戯曲を書いたと記憶しているのだけれど、「腰を振って歩くな」とか拒むことのできない屈託のない愛らしさとか、キャサリンにモンローを投影しているように思えたなぁ。。。きっと彼は心底マリリンを愛していたのだろう。

出演:
マーク・ストロング
イーモン・エリオット
フィービー・フォックス
マイケル・グールド
ニコラ・ウォーカー
作:アーサー・ミラー
演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ(2015年ローレンス・オリヴィエ賞最優秀演出賞受賞)


追記 (2016/4/18)
「橋からの眺め」はアーサー・ミラーがマリリン・モンローと結婚する前年に発表されていました。ええ加減な記憶やわ~。てか確認してから書けよって話。ナットクナットク。この戯曲を書いている時きっと二人は恋愛中だったのね。下はネットから拾ってきた幸せだった頃の二人の写真。うーん、やはりキャサリンはマリリンそのものだわ。

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by konekohaku | 2016-04-16 23:19 | movie・theater  

シルヴィ・ギエム ファイナル


バレエダンサーを見ていると頭身バランスはもちろん、股関節の開きや柔軟性など努力だけでは超えることのできない、持って生まれた身体の資質みたいなもの感じることがある。踊りに対する感性や能力、精神力、恵まれた身体、それらを兼ね備えている人が一流のプロになれるんだろうけど、ギエムさんはその全てを最高レベルで保持しているように思う。兵庫公演で踊ったのはコンテンポラリーの「TWO」と「ボレロ」。幸運にも超良席のチケットが手に入り、肉眼で細部まで食い入るように観ることができた。

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「TWO」
透けて見えるかのような関節や腱が生み出す流麗な動作に光がぴたりと纏わりつく。この世で唯一無二の存在がたった一人で極限の表現に挑んでいるかのような超越した時間と空間。何か途轍もないものを目撃したような気持ちに。

「ボレロ」
終演後、「今日はファイナルだからかボレロも特によかったですね」という興奮気味の観客の会話が聞こえてきた。しかし同行の友人はむしろ10年ほど前に観た時と全く変わってなかったことに驚いたという。同年代だからわかるが、この年齢で維持できているというのは本当にすごいこと。手や足、もちろん身体全体もバレエど素人の私は大変重いものと捉えているけれど、ギエムさんは全く重力を感じていないかのような弾力とキレ。そしてこの踊りでもそれぞれの関節の、並外れた滑らかさを目の当たりにすることに。

カーテンコールで何度も姿を見せてくれたギエムさん。ファンから渡されたサンタの絵がかかれた紙袋を持つ姿が本当に愛らしくて。50を境に女性の身体の変化は凄まじく、彼女が今引退という道を選んだのはよくわかる。最後まで完璧な踊りを見せてくれたことに心からの拍手!
@兵庫芸術文化センター


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というわけで今年はバレエの真似事をしているものからすると神さまのような存在であるギエムさんの、ファイナルという特別な公演で締めくくることができました。家庭内では色んな案件がでてきて落ち着かない日々を送っていましたが、お遊び部門ではそんな心のざわめきを忘れさせてくれるかのように素晴らしいステージに出会いました。中でも、背景や抱えている問題は違えどその親子関係に深く深く共感するところのあったミュージカル「Gypsy」と「Fun Home」、クラシックコンサートではああやっぱりこの人の音楽性が好きだ~と再確認したピリス&メネセスさんの演奏会が格別でした。来年も心躍る瞬間にたくさん出会えるといいな。

皆さまもよいお年をお迎えになりますよう。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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by konekohaku | 2015-12-30 20:56 | movie・theater  

ワールドプレミアミュージカル 『プリンスオブブロードウェイ』


天才プロデューサー&演出家として名作ミュージカルを世に送り続けてきたハロルド・プリンス氏の最新作『プリンス・オブ・ブロードウェイ』、ブロードウェイ入りを目指す作品が日本でプレビュー公演を行うこと自体極めて稀なうえに、宝塚歌劇団のレジェンド柚希礼音さんの退団後初公演ということで大変な話題になっていました。チケ難かと思いきや蓋を開けてみれば評判はあまり芳しくなく、戻りもたくさん出て、座席を選べない先行販売でいち早く当選してしまった私はちょっと損した感じ。しかしBWミュージカルが大好きなのでなんやかんや言いつつも大変楽しい時間を過ごしたのでした。いよいよ幕が上がり氏が携わった作品のタイトルが次々にシルクスクリーンに映し出された時点で血が騒ぎ、心は祭り状態に!(ハロルド・プリンスの略歴についてはこちらで。)


アルバムのページをめくるがごとくミュージカルにおけるプリンスさんの歴史を丁寧になぞっていく本作品(舞台は写真の額縁のようなデザインだった)、思い出したのはあの傑作ミュージカル『プロデューサーズ』を作ったメル・ブリックス氏の言葉。

他民族と違って、(ユダヤ人が)疎外や差別されている気持ちを和らげるには笑いしかなく、笑わなければいつまでも泣くしかありません。

『Hamilton』でもチラっと書きましたが、BWミュージカルは激しい迫害から逃れるためヨーロッパやロシアから(ポグロム参照 )アメリカへ移住してきた人たち、つまりユダヤの人々が生み出し、NY特有の人種的多様性や他のマイノリティを取り込みつつ発展させてきた文化です。彼らの祖先の物語でもある「屋根の上のヴァイオリン弾き」、ナチスの台頭を背景に描いた「キャバレー」、レオ・フランク事件を題材にした「パレード」など、ドイツ系ユダヤ人であるプリンス氏が関わった作品にも不条理に対する心の傷や怒りや哀しみが色濃く反映されてることを今回改めて感じました。私はお涙頂戴物がとても苦手なのだけれど、BWミューはその対極。今もNYの小さな劇場のドアを開けると軽快な踊りや歌の中に主流から弾かれ続けている人たちのユーモアに隠された涙、そして彼らの矜持や気概を感じます。深い思いをのせ60年間、第一線で名作を世に送り出し続けたハロルド・プリンス。彼の歴史はBWミュージカルの歴史でもあるので、なんとかこの作品もオンにあがってほしいものです。



以下ちょっと気になった点を羅列しときます。

・パフォーマーの第一声から、脳が期待するBWで聞く音質との違いに最後まで悩まされた。オケも最初録音だと思っていた程。本来彼らの声は強固な芯と弾力性を併せ持っていてどんどんと先へ伸びていくはずなのに、耳に到達したのはマイクが作った平べったくてぼわんとした人工的な音。これじゃあ彼らの実力が伝わりきらないよーと残念な気分に。や、十分に素晴らしかったけどね。クラシック専用ホールと違って反響を考慮して設計されていないだろうから、あの大きさではマイクで音量を上げるのは仕方ないにしても、エコーを控えるとかもうちょっと工夫してほしかった~。

・こういった集大成的な作品は過去にもあって、よほど目新しい切り口でアプローチしない限り二番煎じ感が拭えない。各々の場面はオリジナルを再現しているものもありいいところもあったけれど(しかし「send in the clowns」などはフレデリックを登場させ台詞を入れてもよかったんじゃないかなあ。あれだけの名曲なのに勿体ない。)全体的な構成にはもっと斬新さが必要だったのでは?しかもハロルドさんはソンドハイムとよく組んでいるので2010年オンで上演された、ソンドハイム作品を集めた「sondheim on sondheim」とコンセプトのみならず曲目までたくさん被っちゃった。これは痛い。

・柚希さんの使い方に疑問が。取ってつけたみたいだった。どんな裏事情があったにせよ、キャスティングしたからには上手く組み込むのが腕の見せ所、観客に違和感を与えたのは演出上の失敗だと思った。それともオンにあがった暁には柚希さんを切ることになっているのかしらん?なんだかな~。歌が云々と批判的な(というかボロクソな)意見もちらほら目にしたけれど想像以上によかった。あれだけやれれば立派だと私は思う。誰よりもキラキラと輝いていたし、個性重視のBWなんだからもっと性別不明なあの存在感を利用すればいいのに。と、言うは易いが難しいのかな~。

・やはり字幕があるのは有難い!


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@梅田芸術劇場
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by konekohaku | 2015-12-17 20:27 | movie・theater  

passion


トニー賞の最優秀ミュージカル作品賞、脚本賞、楽曲賞、主演女優賞を受賞し傑作と評されながらも本国において興行的には苦戦した(らしい)ミュージカル「パッション」。日本初上演ということでいそいそと劇場に足を運びました。


作詞・作曲 スティーブン・ソンドハイム
脚本    ジェームス・ラパイン
翻訳    浦辺千鶴
訳詩    竜真知子
音楽監督  島健
演出    宮田慶子

キャスト
井上芳雄
シルビア・グラブ
和音美桜
福井貴一
@兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

*あらすじ
舞台は19世紀のイタリア、ミラノ。騎兵隊の兵士ジョルジオは、美しいクララとの情熱的な逢瀬に夢中になっている。しかし、ほどなくして彼は、へんぴな田舎への転勤を命じられ、その地で上官リッチ大佐の従姉妹で病気療養中のフォスカに出会う。病に冒されているフォスカは、ジョルジオを一目見て恋に落ち、執拗なまでに彼を追いかけるようになる。クララへの愛に忠誠を誓い、フォスカの愛を受け入れないばかりか、冷たくあしらうジョルジオだったが、やがて……。
(公式HPより)

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【楽曲について】
数多くの変拍子と転調、対位法や主題を用いての感情の表現。オーケストレーションが素晴らしくてやはりソンドハイムの楽曲は音楽的に抜きん出て完成度が高いなぁと感じました。今回は中ホールという狭い空間でありながらオケピが設えられ、高いレベルで演奏が聞けたので余計にその才能の一端を立体的に掴むことができたように思います。スコアがあったら見てみたいなぁ。私が気付いていない秘密がまだまだありそう。役者がセリフに抑揚をつけるが如く、歌詞にメロディが絡まりまるで文芸作品をストレートプレイで観ているような手触り。(不協和音を含め)完璧なる美の調和に酔いしれました。

【ストーリーについて】
イタリア映画の「パッション・ダモーレ」をベースに作られていて話の筋もほぼ同じ。ネットで観ていると面白いほどに主人公ジョルジオの心変わりに???の方が続出だった様子。米国での開幕時、同様の観客の反応をみたソンドハイム氏は大変驚いたそう。曰く “Perhaps they were reacting to the realization that we are all Fosca, we are all Giorgio, we are all Clara.” 御大の言葉からも察することができるように、この作品は登場人物を美化することもなく、利己的で、周囲の状況に影響を受け心境や考え方が変化する、完璧ではない等身大の人間を描いた哲学的な作品であると私は受け取っています。主題は「love」でも「affection」でもなくあくまで「passion」。情熱が生きる原動力となりうること、また、情熱的な愛に溺れている時の盲目的な状態や、関心がない人への冷たい反応、情熱が冷めた時の手のひらを返したような態度の変化、その時々の人間の心理が緻密な楽曲により鮮やかに表現されているように思いました。つい先ごろ観たシェイクスピアのオセロとの共通点も。主人公はどちらも軍人、極端な心変わりの背景には駐屯地という非日常の閉鎖的空間における精神の不安定さがあります。今回の脚本はWEバージョンが採用されていたのか、ジョルジオがフォスカへの愛を確信した後の熱唱があまりに唐突に映りあれは蛇足だったように思いました。あの場面で観客は置いてけぼりを食ってしまったのでは?(芳雄君の迫力ある歌唱が聞けたからいいんだけど)

【キャストについて】
何といってもあの難役を見事に演じきったシルビア・グラブさんの好演に尽きるでしょう。美しい方なので「醜いフォスカ」を演じるにあたって不気味なメイクをされており、余計に怖い印象を観客に与えたのかもしれませんが個人的には映画版ほど異様ではないと思いました。大袈裟になりすぎず、佇まいや表情、声質で作りだした陰気なフォスカ、本当に素晴らしい。井上芳雄君は全く音を外すことなく難曲を歌い切りさすがでした。押えた演技も〇。和音美桜さんは熟女という感じではなかったけれど、品がよくてよかったわ。

【気になったところ】
ソンドハイム作品の最大の魅力は歌詞にあると思うのですが、あの詩的な感触を日本語に翻訳するのは不可能なのだなと今回残念ながら感じました。例えばジョルジオがフォスカのこれまでの異常な行動と気持ちを理解するきっかけとなった「loving you」、あの曲でフォスカはあなたを好きになったのは choice でも to rejoice でもない、と言っているのですが、この韻を含みつつ表現された深い心のニュアンスを字数が極端に限られる日本語に置き換えるのはどうやっても無理。翻訳と訳詩の方は大変なご苦労をされたと思います。他、1幕物のはずが2幕で構成されていました。あえて分ける必要があったのかしら?

【まとめ】
余白を感じる演出や舞台美術も絵画のように美しく今シーズンの新国立劇場オープニング作品にふさわしい格調高いステージでした。どなたかが書いてらしたけど、日本のミュージカルもここまできたかという感じ。しかし難解な作品でありストーリー展開に拒絶反応を示す方(特に初見の人)を多く見受けたので、本作品のどこが高く評価されているのか、レクチャーの機会を設けるとかパンフレットに解説を入れるなどした方がよかったのでは?わかりやすく万人受けする演目はそれはそれで価値があると思うけれども(私も大好物)、こういう質が高く奥の深い作品を提供し浸透させていくのも公共劇場の役目だと僭越ながら思うのです。ミュージカルにおいては、演劇性や芸術性が上がっていくと興行的に難しくなるのかもしれませんが媚びることなく上質な作品を上演し続けてほしい〜。
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by konekohaku | 2015-11-22 00:30 | movie・theater  

阿弖流為・オセロ


入院していた母親が退院してとりあえずの暗雲は立ち去ったものの、次にどんな雲がやってくるのか全く見当がつかない今日この頃。雨雲ばかりじゃなく幸せを運んでくる雲もたくさんあるといいな。

ずいぶん時間がたっちゃったけど印象に残ったものの感想を。


歌舞伎NEXT【阿弖流為】
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劇団新感線とタッグを組んだこの作品、劇画の実写化のような手触りでした。出演者の皆さん、シャキーン!という音に一秒の狂いもなく立ち回るんですよね、さすが(音声さんがすごいのかな?)。舞台がかなり傾斜していて、そこでの殺陣は体力的にさぞかし大変だっただろうなと。新感線ではいつものことだけど、爆音に耳が慣れるまでかなりしんどかったです。それだけに腹の底から出ていることがわかる発声とともに迫力は満点でした。中村兄弟の成長と確実な演技に、今は亡き勘三郎さんもさぞかし安堵し喜んでおられることだろうなとか、彼らもまた父親の温かな眼差しを感じながら舞台に立っているのだろうな、などと思うと何度も泣きそうに;;。特に七之助さんが素晴らしくて。「七之助ちゃんとよくゲームして遊んであげた」という歌舞伎通の友人にこのことを話すと、彼は父方母方両家のいいところをいい配分で受け継いでいる気がすると。なるほどなぁ。

作:中島かずき
演出:いのうえひでのり
出演:
阿弖流為 市川 染五郎
坂上田村麻呂利仁 中村 勘九郎
立烏帽子/鈴鹿 中村 七之助
阿毛斗 坂東 新 悟
飛連通 大谷 廣太郎
翔連通 中村 鶴 松
佐渡馬黒縄 市村 橘太郎
無碍随鏡 澤村 宗之助
蛮甲 片岡 亀 蔵
御霊御前 市村 萬次郎
藤原稀継 坂東 彌十郎
@大阪松竹座



NTライヴ【オセロ Othello】


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1年くらい前に公開された時、現代バージョンだしなぁとパスってしまったのですが、再上映されると知りTOHOシネマまで観に行きました。これがほんとに面白くて。シェイクスピアの戯曲は人間考察がとてもよくされしっかりした骨格をもっているのでちゃんとした演出家が肉付けするともうもうもうもう(牛になっちゃうよ)。オセロがムーア人で(黒人)で美しい白人妻をめとった、イアーゴは潜在的にオセロが感じている人種的弱みにつけこみ巧みに操っているのですね。幕間の監督だったかどなたかのインタビューで語られた、軍における上司と部下の絶対的な信頼関係の話もこの作品を理解する助けとなりました。憎ったらしいイアーゴを演じているのはローリー・キニアさん。独特なシェイクスピアの台詞回しであるのに第一声からハムレットの時と全く違っていてびっくり@@。今回のオセロの方が段違いにいい演技でした。あんまり素晴らしかったので家に帰ってググってみたら、この役でオリヴィエ賞主演男優賞を受賞したそう。ナットクナットク。ラストシーンのオセロが妻を殺してしまうところはあまりにリアルで観ているのがちょっと辛かったなー。

演出:ニコラス・ハイトナー
作:ウィリアム・シェイクスピア/
出演:
オセロ:エイドリアン・レスター
イアーゴ:ローリー・キニア
デズデモーナ:オリヴィア・ヴァイナル
エミリア:リンジー・マーシャル
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by konekohaku | 2015-11-08 23:06 | movie・theater  

この夏観たもの

楽しかった夏も終わりということで久々の更新。ブログを休んでいる間に観たもの(抜粋)。


『Skylight』~ナショナルシアターライヴ

こじんまりしたステージに狭いアパートの一室。片付いていなくて、なのにどこか女性の部屋を連想させる細やかさが無造作の中にあり。右手には簡素でtinyなキッチン。住人は外食などすることなく毎日このキッチンに立ち、黙々と支度をし、同じプレートで一人食事をしているのだろう。舞台正面は大きく切り取られ、向こう側にアパートの窓が並んでいる。一見無機質に感じられるそれぞれの窓にかけられたカーテンや部屋に灯るライトが、そこでもまた人々がそれぞれの思いを抱えつつ日々生活を送っていることを思い出させる・・・

なんてセンスがいい作品なんだろう。二人の俳優が作り出す緩急は波のうねりのようでひとつの無駄もない。始めましての何の情報もない男女を前に、観客は語られる言葉、俳優の一挙手一投足から過去、現在、未来を想像し、彼らの心の中に探りを入れていく。最後の最後で主役のキーラ(キャリー・マリガン)がずっと胸の奥にしまっておいた本音、というか相手に隠していたことを告げるのだけれどその言い分はとても共感できるようなものではなく。けれどもそこが高学歴で知的、堅実で落ち着いて見えるキーラ(相手の男性はいい歳して見るからに軽い、ビルナイ好演)に内在する、常識や理性とは相反する彼女の幼さを露呈しているようで、その一貫性のなさこそがこの作品がこだわっている(であろう)リアリティに極上のスパイスを与えているように映りました。未熟さがあるから、母のような気持ちで「それは違うよ」と諭しながらも、懸命に人間的成長を望み前に進もうとしているキーラに余計にエールを送りたくなってしまいます。そうそうリアリティといえばこの作品、キーラは実際にキッチンで水や火を使い料理しながら(一品仕上げちゃう)訪ねてきたかつての恋人と会話していたのでした。そして二人が交際していた時の華やかで輝きに満ちた生活を彷彿させるあの優しさに包まれたラストシーン。上手いよね、脚本も演出も。題名の「Skylight」という言葉が出てくるのはたった一箇所。本筋からは外れているように思われるセリフの中にひっそりと存在します。計算し尽くされた上質な作品。
脚本デヴィッド・ヘア、演出スティーヴン・ダルトリー、出演キャリー・マリガン、ビル・ナイ、マシュー・ビアード。2015年度トニー賞最優秀リバイバル作品賞受賞。



ブロードウェイ・ミュージカル『天使にラブ・ソングを・・シスターアクト』来日公演

ネットでは昨年の東宝版の方がよかったと書かれているものもチラホラ目にしましたが、いやいやどうしてこちらも見応えありました。楽日、しかも席は前から2列目と好条件が揃っていたのも大きかったのかな。黒人社会対白人社会、相容れないと思われる者たちが偏見を乗り越え理解しあうというのがこの作品のテーマですが、本場の方たちだと皮膚の色のみならず所作や身体から発するオーラ的なものも含め、彼らの違いが明確に浮き出てきて当然のことながら日本人だけで演じるよりはるかに説得力あり。これはとても大切。黒人パフォーマーにしか出せない抜きんでたリズム感と艶のある声はやはり格別で、演技は確かに大味だったけれどもこれもまた彼らの持ち味のように受け取りました。キャストは概ね満足、修道院長だけがもうちょっと無骨で融通の利かない感じに見える人の方がよかったような。しかしこの作品、単純だけど底抜けに明るくって涙もあってやっぱりいい。アラン・メンケンのノリノリな楽曲に同行者2名も大興奮。「コラボは生きる喜びよ!」
デロリス:ケリッサ・アリントン 修道院長:マギー・クレノン・リーバーグ エディ・サウザー警官:ラモント・オニール カーティス・ジャクソン:コルビー・キンドル@東急シアターオーブ



宝塚雪組公演『星逢一夜』『La Esmeralda』

『星逢一夜』は和物の新作。ハズレがないといわれる上田久美子さんの作・演出。ツッコミどころ満載&粗さはあるものの、まんまと狙い通りに滂沱の涙を流すことに(笑)。日本人の泣き所を押えてるんですよ。あちこちから聞こえるすすり泣き、一列前に座っていた初老の男性は嗚咽しておられました。幕間に「いや~泣いちゃったよ~」と恥かしそうに同行者に言い訳してはるのが微笑ましくて。それもこれも早霧せいなさん、咲妃みゆさん、望海風斗さん、主役の3人が3人とも役柄そのままにあざとさの一切感じられない真っ直ぐな演技をしてくれたから。待ち受ける運命の過酷さを知らない少年少女時代の無邪気さ、あの冒頭のシーンを思い出すだけで泣けるわ。舞台美術が作品を覆う清廉な精神を映し出しているかのように美しかった・・・。

『La Esmeralda』は齋藤 吉正 作・演出。ド派手&華やかなショーで星逢一夜の余韻が一瞬でかき消されてしまいました。サイトーめ(笑)。テンポがよくって迫力あるステージだったけど、ちぎちゃんをもうちょっと目立たせてあげようよ。@宝塚大劇場



佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2015『椿姫』

オペラの世界にもデジタル映像が入り込んできていることにまず驚き。音楽ってそれだけで雄弁で小説と同じく想像の余地があり、自分の頭の中で演出できるところがいいのになぁ、とアナログ人間は思ったのでした。後ろのご婦人たちはシャンデリアの映像に思わず「きれいやなぁ」と洩らしておられたのでこんな風に感じたのは私だけなのかもしれません。この日は満席だったよう。地元で気軽にヴェルディオペラが楽しめるのだもの、贅沢言ってはいけませんね。ジェルモン役の髙田智宏さんの力強い声がとてもよかったです。テオナ・ドヴァリさんは調子が悪かったのかな?高音が少々聴き辛いように思いました。
ヴィオレッタ:テオナ・ドヴァリ、アルフレード:チャド・シェルトン、ジェルモン:髙田智宏
指揮:佐渡裕 管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団 @兵庫芸術文化センター



『貴婦人の訪問』

この新作ミュージカルがウィーンで上演された時に観たドイツ人の知り合いが、物凄く面白かったとオリジナルキャストのCDを送ってきてくれました。その時からどんな作品なんだろうなぁと楽しみに。原作はフリードリヒ・デュレンマットの「老婦人の訪問」(1958年)。有名な戯曲だそうで世界のあちこちで様々なバージョンが上演されているとか。確かに「むかしむかしある村に、、」で始まる寓話だと思えば素材として話は面白い。しかし本作品に限って言えばどの登場人物においてもちょっと描写が雑すぎる感が。特に村人の標的にされるアルフレッドをどういう人物像に描きたいのかがよくわからなかった。これはもちろん脚本家だけでなく演出家の問題でもあり。徹底的にシリアスにもっていった方がよかったんじゃないのかなぁ。ちょっと手を加えればもっといい作品になりそうなのに。復讐の鬼と化したクレアを演じた涼風真世さんはとてもよかったです。はまり役ですね。
しかしこの春BWで上演されていた別バージョンのThe Visitを見逃したのは一生の不覚。チタ様にジョン・カンダー&フレッド・エブ、演出は2005年のスウィーニー・トッドでトニーを受賞したジョン・ドイル!無理してでも渡米したらよかったな。トニー授賞式の映像みてもとびきり大人で粋な世界が広がっていたもの。
演出:山田和也 出演:山口祐一郎 涼風真世 春野寿美礼 今井清隆 石川禅 今拓哉 中山昇 他 @シアターBRABA!



『レ・ミゼラブル』

旧演出を懐かしく思う気持ちはあるものの日本のレミはいいなぁとしみじみと。吉原光夫さんはパーフェクトな歌というわけではなかったですがバルジャンの粗忽な部分や純粋さやそれがゆえの強さなどが伝わってきて、私の持つバルジャンのイメージに近く感情移入して観ることができました。視覚的にもその日は小柄な役者さんが多くもともと長身の吉原バルジャンの大きさが更に強調されてよかった。2013年に観た時荒く(粗くではなく)感じた和音ファンティーヌと歌がイマイチだった野島アンジョルラスがよくなっていました。岸ジャベールは評判がいいと聞いていたのですが特に前半、少し存在感が薄かった。ピシッとしていなくてちょっとした時に出る役者さんの美しい所作って意識しないと思っている以上に難しいのだなと思いました。原田マリウスは以前にもまして二の腕がぴちぴち(笑)。しかし彼のカフェソングにはまたもや泣かされました。素晴らしいです。
出演:吉原光夫、岸祐二、和音美桜、綿引さやか、原田優一、磯貝レイナ、萬谷法英、浦嶋りんこ、野島直人 @梅田芸術劇場メインホール



『ラ・マンチャの男』

恥かしながら初見でしたがこの作品を好きになることはありませんでした。某演劇評論家が「ラ・マンチャの男を超えるミュージカルはない」と言っているのですから単に私の作品を観る目がないだけかもしれません。幸四郎さんは73才という年齢を考えれば体当たりの演技ですごいとは思いますが、なにせセリフが聞き取りにくくて。前回まで松たか子さんが演じていたアルドンザ役の霧矢さんは高音部が弱く宝塚時代ド迫力の声量で観客を魅了していたのが嘘のよう(哀)。ものすごく綺麗でしたけどね。辱めを受けるシーンもあり男役のきりやんを愛していたファンは観ているのが辛かったんじゃんないでしょうか。難しい役どころ&この作品の要のように感じたので松たか子さんがどのように演じていたのか一度観てみたかったです。サンチョを演じた駒田さんは芸達者で幸四郎さんのサポート役にぴったり。宮澤エマちゃんは見せ場がなくて彼女の美声が生かされず。すぐ横に座ってらした幸四郎さんの奥さま、上品で美しかったです。
出演:松本幸四郎、霧矢大夢、駒田 一、ラフルアー宮澤エマ、石鍋多加史、祖父江進、荒井洸子、宮川 浩、上條恒彦 @シアターBRABA!
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by konekohaku | 2015-09-04 20:48 | movie・theater  

地獄のオルフェウス


NYやWEでも滅多に上演されることがないというテネシー・ウィリアムズの「地獄のオルフェウス」。東京公演の評判がよかったので観に行ってきました。

story:
アメリカ南部。ありふれた町の洋品雑貨店。ガンに冒され、医師にも見放された店主ジェイブが二階に伏している。しかし、妻のレイディの関心は夫にではなく店の改装計画にあるらしい。彼女はイタリア移民の娘で、父がかつて開いていたワイン・ガーデンで過ごした少女時代の思い出を心に抱いている。そんなある日、蛇革のジャケットを着てギターを持った奇妙な青年が現れた。名はヴァル。彼のどこか野性味や純粋さを感じさせる人柄に魅かれ、レイディは彼を雇い入れる。
数週間後。彼女はいつの間にかほかの女性に嫉妬を抱くほどヴァルのことを思い始めていた。父の死後、金で買われるようにジェイブの妻となり、この異郷の地で苦汁をなめてきたレイディにとって、ヴァルは希望の光であった。しかし町には保守的で排他的な空気が澱み、タブーを犯した者には厳しい制裁が待ち受けている。
レイディは夫に内緒でヴァルを店の小部屋に住まわせようとする。彼女の思惑とその危険性を嗅ぎつけ、こっそり店を出ていくヴァル。だが二人の絆は強い。再び舞い戻ったヴァルとレイディは渾身の力で愛を確かめ合うのだった。
ところが、もう二度と床を離れることはないと思われていたジェイブが死神のごとく階段を降りてくる。驚きあわてるレイディとヴァル。さらに、町の女たちの注目を魅き、保安官の妻ヴィーとの中をも疑われるヴァル。瀕死の夫に構わず今晩の新装開店に奔走するレイディ。二人にこの町の因襲と暴力がのしかかってくる。保安官に町からの退去を命じられたヴァルは、レイディに別れ話を持ちかける。彼の裏切りに逆上するレイディ。だが自分がヴァルの子を宿したと知ると意気高らかに宣言する―――「たたかいに勝ったのよ、実を結んだのよ!」そしてその直後、喜色に満ちたレイディの顔面が急に青ざめていく…。
~シアターコクーンHPより


T.ウィリアムズについては研究が進んでいて、自伝的作品といわれる「ガラスの動物園」だけでなくその多くに作者の性的指向や家庭環境、特に精神疾患のあった実姉の存在が大きな影響を与えているとされています。「熱いトタン屋根の猫」「欲望という名の電車」などもそう。デビュー作の「天使のたたかい」をもとに、17年の月日をかけ何度も加筆し仕上げたといわれるこの戯曲も当然のことながらウィリアムズの置かれた複雑な状況や世界観が強く反映されていました。

アメリカ南部の町に残る因習や閉鎖性・排他的体質という、彼の作品に欠くことのできないファクターはさらに強調されていて、息をすることすら難しいような抑圧的な社会はまさに現世における地獄のよう。そんな中、黒人祈祷師の雄叫びに誘われるかの如く、竪琴ならぬギターを手に登場する美しい青年ヴァルは、その異質感や解き放たれた思想とともに女たちの目には「救済」そのものに映ったことでしょう。白の蛇革ジャケットを身に纏う姿は自然界における美を象徴しているようにも思えましたし、人種や性癖などとは無縁の、人間の価値観を超越した存在を表しているようにも受け取れました。この作品を観る前に、とある俳優さんとT.ウィリアムズの作品に毛色の違う春馬君の起用はどうなのだろうと話をしたことがあったのですが、彼の姿の美しさと内面から湧き出る透明感は町に渦巻く私欲や嫉妬、暴力性を浄化してくれるようで(最後にはそれも踏みにじられるわけですが)ヴァルという役柄に非常に合っていたように私は思いました。

しかしウィリアムズの作品は暗くて重い。それでも強く心が惹きつけられるのは、無知であったり暴力的な人間、または現実社会によってとことん虐げられ破滅へと向かう繊細な人物に自身を投影しながらも、その優れた知力と筆力の中に隠しても隠しきれない彼の虚栄心や自尊心を垣間見ることができるからかもしれません。感受性の強さ・脆さと相反するタフさ、ウィリアムズの複雑な人間像に面白みを感じているんだと思います。


レイディ・トーランス:大竹しのぶ
ヴァル・ゼビア:三浦春馬
キャロル・クートリア:水川あさみ
ヴィー・タルボット:三田和代
ジェイブ・トーランス:山本龍二
演出:フィリップ・ブリーン
翻訳:広田敦郎
森ノ宮ピロティホール
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by konekohaku | 2015-06-21 22:17 | movie・theater  

Of Mice and Men ~ナショナル・シアター・ライヴ2015


昨春BWへ行ったとき、とある劇場のステージドア前が驚くほどごった返していた。同時期にオープンしたIF/THENの楽屋口もイディナ・メンゼル人気でたいした混雑ぶりだったけれどもそれをはるかに凌ぐ出待ちの数。こんな光景見たことがないと、野次馬根性で撮った写真がこれ↓。道路の手前側も見物客でいっぱい。

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看板を眺めながら「誰が出てるんだろう」なんて思っていたのだけれど、物を知らないってほんと恥ずかしい、後からNY入りした姪に「ジェームズ・フランコやん!え?知らんの~?」と唖然とされてしまった(笑)

今回のNTライヴはあの時Longacre Theatreで興行されていた舞台「Of Mice and Men」(二十日鼠と人間)を上映するいうのでいそいそと観に行った。

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スタインベックの有名な小説、もちろん話は知っていた。しかし救いのない結末に(人によってはあれは救いだったというかも)思っていた以上にこの話が重く心に伸し掛かってきたのはきっと幕間に流れた、監督のインタビューのせいだ。

「レニーとジョージは義務からではなく楽しいから一緒にいる、ジョージがレニーの面倒を見るのは何もできない子どもの世話を焼くのと同じで、人間ならば『ほっておけない人』は存在するもの。私は母親であるからこれが理解できるのかもしれない。」

確かこんな内容。監督はこの話を涙ながらに語っていてその様子から作品云々よりも「人間」そのものに感動しているのだなぁと拝察した。介護の必要な親だったり要領の悪い弟妹だったり、思わず手を差し伸べたくなる存在って誰にだってある。私も自分の体験と作品との接点を見つけたからこそ今回ジョージの心情により深く入り込めたのかもしれない。

ジョージ役には有名なハリウッド俳優ジェームズ・フランコ。彼もよかったけどレニー役のクリス・オダウドの演技の方が際立っていた。レニーはジョージにとってささやかな夢そのもの、そしてジョージの孤独を癒す唯一の存在だったんだよね。伏線となっている老人の犬のエピソードとともになんともやり切れないー。

演出:アンナ・D・シャピロ
作:ジョン・スタインベック
出演:ジェームズ・フランコ、 レイトン・ミースター、クリス・オダウド


(ジェームズ・フランコ おまけ)
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by konekohaku | 2015-05-24 19:52 | movie・theater  

Colm Wilkinson Broadway and Beyond Japan



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多くの方が既にその魅力について語っておられるので簡単に。

コルムさんを介すると耳慣れた楽曲もまるで生命体のように様々な表情を見せはじめ、その歌には声がいいとか技術的に優れているとかそういった表面的なものを超えた、例えばこれまでコルムさんが役作りに費やしてきた時間や全人的な何かが確かにあり、多くのパフォーマーからリスペクトされている理由が今回ようやくわかったように思いました。
表現においては歌手としてのコルムさんより役者としてのコルムさんを強く感じた次第。

Bring Him Homeはややもすると文字通り喉自慢になりがちで、俺の歌を聞いてくれ!的に歌ってしまうパフォーマーが多いように感じていたのですが、今回はバルジャンがまさに神に祈りを捧げている、その姿を少し離れたところから目撃した、そんな気持ちになれました。



曲目(コルムさんのみ)
Music of the Night
Tennessee Waltz
Folsom Prison Blues
House Of The Rising Sun
Danny Boy
This is the Moment
Man of La Mancha
The Impossible Dream
Anthem
Hallelujah
Mama Don't Allow
Get Back
She's Leaving Home
Hey Jude
Imagine
Bring Him Home


出演
コルム・ウィルキンソン
アール・カーペンター
スーザン・ギルモア
則松亜海
@梅田芸術劇場
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by konekohaku | 2015-04-29 06:18 | movie・theater