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2014年8~12月に観たもの


印象に残ったものを抜粋


【Twelve】 ~望月龍平シアターカンパニー

cast:
陪審員/
青木結矢
井口恭子
池田有希子
エリザベス・マリー
神田敦士 
キムスンラ
今拓哉
澤魁士
土居裕子
松原剛志
村井國夫
山口馬木也 
@青山円形劇場

「12人の怒れる男」をモチーフにしたストレートプレイ。
この作品では前科のある在日韓国人を容疑者に設定、日本人の持つ偏見に切り込んでいく。
映画でヘンリーフォンダが扮した、明達で冷静沈着なリードを演じたのは
なんと土居裕子さんだった。

円形劇場の中央に位置する舞台は劇団員の手によって時々回転、
あらゆる角度から観客は陪審員たちによる評議を目撃することに。
役者さんたちの白熱した演技、そこここに散りばめられた意外性で
時間を忘れて引き込まれてしまった。

こじんまりとした素晴らしい劇場なのに来年1月に閉館するとのこと。
勿体ないなぁ。




【マシューボーンの「白鳥の湖」】

cast:
ザ・スワン/ザ・ストレンジャー マルセロ・ゴメス
王子 クリストファー・マーニー
女王 アンジャリ・メーラ
ガールフレンド キャリー・ジョンソン
執事 ポール・スメサースト
@東急シアターオーブ


日本初演の時に観て以来の鑑賞。
何しろマシューボーンによる振付が素晴らしい。
バレエの基本を絶妙に裏切るポーズ、
音楽が同じだからこそ浮かび上がる純クラの白鳥の湖との対比。
振付による主張がこれほどまでに雄弁である作品も珍しいのでは。
ダンサーたちの荒々しい息遣いが会場の隅々にまで渡る迫力あるステージ、
中でもゲストのマルセロ・ゴメスさんの存在が際立っていた。




【エリザベート ~愛と死の輪舞】宝塚花組公演

cast:
トート 明日海りお
エリザベート 蘭乃はな
フランツ・ヨーゼフ 北翔海莉
ルイジ・ルキーニ 望海風斗
ルドルフ 芹香斗亜
@宝塚大劇場

明日海りおさんファンの同僚とトップお披露目初日を観劇。
トートとエリザベートの恋を柱にする宝塚版ってどないなん?
とさして期待もせずに鑑賞したがこれはこれで「あり」だなと思った。
(偉そうな物言いでファンの方すいません)
脚本は人物を掘り下げ描いたウィーン版には及ばないだろうけれど
美術的に統一した美しさを感じたからだ。
小池修一郎の最高傑作は宝塚版のエリザベートであり、
宝塚の中で最も完成された作品もまたこのエリザベートなんでは?
(あまり宝塚のことを知らないのにホントに偉そう、ごめんなさい)
フランツ・ヨーゼフを演じた北翔さんの安定した演技がとてもいい。
しかし肝心のエリザベートが、、、
東宝版でもエリザベートをされるとか、、、
うーん、、、、謎。



【ファーストデート】

cast:
アーロン 中川晃教
ケイシー 新妻聖子
ゲイブ  藤岡正明
アリソン 昆夏美
レジ―  古川雄大
ローレン 未来優希
ウェイター今井清隆
@サンケイホールブリーゼ

昨年BWで上演されたコメディだそうで、非常に面白い作品だった。
「ゴシップガール」などで知られるオースティン・ウィンズバーグによる脚本は
小粋で笑いどころ満載だったのだが
たとえば金融街で働く如何にもユダヤ人風のアーロンがキリスト教徒で
如何にも尻軽女風のケイシーが実はユダヤ教徒だったと知って驚くあたり、
NYでなら爆笑ものだけれど、日本の観客は無反応。仕方ない、背景が違うのだから。
キャストの方々はセリフではなく専ら面白おかしく動作することで笑いをとっていて(大変だったと思う)BWのコメディを日本で上演する難しさも感じた舞台だった。
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by konekohaku | 2014-12-29 23:03 | movie・theater  

king lear



「ナショナル・シアター・ライヴ2014 リア王」を観に行ってきた。


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演出:サム・メンデス 原作:ウィリアム・シェイクスピア
出演:サイモン・ラッセル・ビール、スティーヴン・ボクサー、トム・ブルック
字幕監修:柏木しょうこ

アカデミー賞受賞監督のサム・メンデス(『アメリカン・ビューティー』)が、
シェイクスピア原作の舞台に挑む。
高齢で引退を決意した王は、国を3人の娘に分割して譲ることにする。
言葉巧みにリア王に取り入ろうとする長女と次女とは違い、
三女は率直な物言いで王を怒らせてしまうが、長女と次女には裏切られてしまい・・・。
(公式HPより)


英国で上演された舞台の映像化。映画館にて。

サム・メンデスの演出が巧い。
背広にワンピース、セットも現代風にアレンジされているが
話が進むうちにそういったディテールへの意識はかき消され
シェークスピアの描く精神世界が、時代や背景をこえた普遍性を
湛えていることを際立たせていた。
いや普遍的というよりは、結局人間というものは大昔からちっとも
変わっていないんだということを妙に納得させる。
小さなコミュニティを構成する、様々な思惑や個性を持つ登場人物。
どこにでも起こりうる家族の問題。
こうやって書くとまるで「アメリカン・ビューティ」。
きっとメンデスの得意とするところなんだろう。

主役のサイモンさんはリア王の言動を狂気ではなく
認知症(レビー小体型認知症)の症状として役作りされたそうだ。
その解釈の是非は別として、私も見ていてリア王の短絡的思考や癇癪は
「老い」がそうさせているのではと、知らず知らずのうちにこれからの自分自身に重ね
身につまされながら鑑賞していた。
若いころは冷酷と捉えていた人たちに共感するところも。

「すべてを失った人の話」、メンデスはそう言っている。
人生は喪失の連続だと、私も思う。
救いがないが故のリアリティ。
道化の扱いが面白かった。
(で、やはり字幕付きは有難い!)



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by konekohaku | 2014-08-25 06:33 | movie・theater  

patina miller



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シスターアクト大阪公演中に、会場が用意した分すべて売り切れてしまったという「Sister Act the Musical (London Cast Recording )」のCD。
ぎりぎりセーフで購入できたという知人が貸してくれた。

部屋いっぱいに広がる主役デロリスを演じたパティナ・ミラーの艶のある声。
パワフルというより、器用さや勘のよさといった天性の才能を感じさせる歌唱。
昨年PIPPINでも彼女のパフォーマンスに痺れ、終わらないでーと願いながら観たんだった。
極上の舞台に、半ば放心状態で帰路についたのももう遠い昔のことのよう。
パティナも、タイトルロールを演じたマシュー・ジェームス・トーマスも、圧倒的な存在感を見せたアンドレア・マーティンもピピンを去ってしまった。

何か情報はないかなとググっていると女優の戸田恵子さんの書いた記事を発見。
こちら

毎年NYに行ってはるんやね。
戸田さんと「特級品」について膝を突き合わせて語り合いたいなぁ。
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by konekohaku | 2014-08-05 07:11 | movie・theater  

2014年7月分


ソウルで観たもの以外の観劇記録


【ライオンキング】

作曲 エルトン・ジョン
作詞 ティム・ライス
脚本 ロジャー・アレーズ、アイリーン・メッキ
演出 ジュリー・テイモア
cast:
ムファサ   宇龍真吾
スカー    本城裕二
ザズ     明戸信吾
シンバ    島村幸大
ナラ     齋藤舞
ヤングシンバ 河森翔龍
ヤングナラ  根津桃子
ラフィキ   鄭 雅美
ティモン   川口雄二
プンヴァ   荒木勝
シェンジ   木内志奈
バンザイ   江上健二
エド     中村智志
@大阪四季劇場

息子の大学入試の最中、時間潰しに東京の四季劇場で観て以来久々の鑑賞。
見どころはなんといっても1997年の開幕からこれだけの年月が経っても未だ斬新に思える演出。卓抜したアイディアに圧倒され、まるでジュリー・テイモアの才能の泉に浸っているような感覚に。ティモンとプンヴァの掛け合いは大阪弁、東京で観たときよりずっと面白い。この日は当たりだったようで皆さん素晴らしかった。



【コジ・ファン・トゥッテ】

音楽 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
台本 ロレンツォ・ダ・ポンテ
演出 デヴィッド・ニース
ひょうごプロデュースオペラ合唱団
兵庫芸術文化センター管弦楽団
指揮 佐渡 裕
cast:
フィオルディリージ スザンナ・フィリップス
ドラベッラ     サンドラ・ピケス・エディ
デスピーナ     リュボフ・ペトロヴァ
グリエルモ     ジョン・ムーア
フェルランド    チャド・シェルトン
ドン・アルフォンソ ロッド・ギルフリー
@兵庫県立芸術文化センター

お友達に誘ってもらって珍しくオペラ鑑賞。
佐渡さんの、モーツァルトらしい生き生きとした締まりのある指揮に心浮き立つ。
美の旋律の中に潜む毒と頓着ないかのように進むコミカルな演技。危うい調和がなんともツボ。二人の姉妹の歌声が心地よかった。




【レディ・ベス】

脚本・歌詞      ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲      シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詩      小池修一郎
cast:
レディ・ベス     花總まり
ロビン・ブレイク   山崎育三郎
メアリー・チューダー 吉沢梨絵
フェリペ       平方元基
ロジャー・アスカム  山口祐一郎
@梅田芸術劇場

エリザベス1世の少女時代から即位に至るまでの話。世界初演。
細部にまで拘って丁寧に作られているのは伝わってくるのだが(装置も衣装も豪華)、あの国・時代の荒涼感や血なまぐささが欠如しているように思え、私が持つチューダー朝の色のイメージと違っていてあまり好きになれなかった。歌も印象に残るものはなく。




【シスターアクト】

音楽 アラン・メンケン
歌詞 グレン・スレイター
脚本 チェリ・シュタインケルナー&ビル・シュタインケルナー
演出 山田和也
cast:
デロリス   瀬奈じゅん/森公美子
修道院長   鳳蘭
エディ    石井一孝
カーティス  大澄賢也/吉原光夫
オハラ神父  村井國夫
シスター   春風ひとみ・浦嶋りんこ・ラフルアー宮澤エマ
TJ      藤岡正明
ジョーイ   KENTARO
パブロ    上口耕平
@シアターBRAVA!

大阪公演を違うキャストで2回鑑賞。ラジオを聞いていたら「東宝関係者も久々に(笑)面白いミュージカルだと言っている」ととある役者さんがポロリと。実際これほどの高揚感を日本で味わえるとは思っていなかった。演出はBW・WE版とあまり変わらず。カンパニー全体素晴らしかったけれど、宮澤エマさんの透明感と力強さを兼ね備えた歌唱は特筆すべき。森さん瀬奈さん、持ち味が違ってどちらも良し。
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by konekohaku | 2014-08-01 07:50 | movie・theater  

The Audience



TOHO系の映画館で上映されている、英国ナショナル・シアター・ライヴ「ザ・オーディエンス」を観に行った。 

おなじみの英国首相やエリザベス女王の佇まいが再現されるだけでも楽しい上に、セリフの応酬を通して彼らの人となりが次々に顕在化し、非常に面白いお芝居だと思った。
どこまでも品格よく、どこまでもシリアスな内容でありながら、一級の俳優たちによるウィットに富んだ台詞とシンプルに練られた演出に会場からは何度も笑いが起こる。
大人の上質な芝居とはこういうものを言うのだろうと、まるでロンドンのギールグッド劇場の末席に座っているような(映画館で一番後ろの列を選んだから)感覚で、生の舞台を観ているが如く職人芸に陶酔してしまった。「対話」が主役な作品であるから、臨場感をもって字幕付きで鑑賞できるのは尚更に有難い。

オーディエンスとは「謁見」のこと。
首相たちは様々な報告や今後の予定などを、時に私事を交えながら女王に伝える。
歴代首相とエリザベス女王の間で、途切れることなく行なわれてきたこの「オーディエンス」、首相の一任期中に70回ほど行われるそうだ。



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入れかわり立ちかわり登場する首相たちに対し、女王は「いつもそこにいる」(劇中のセリフから)。
髪型や服装、その姿は年齢に応じてランダムに変化していくが(舞台上での早変わりもあり、これがお見事)その「存在」と「耳を傾ける行為」は、舞台の背景となっている宮殿の謁見室の内装ともに変わることがない。
即位から現在に至るまでの長きに渡ってイギリスを治め続けてきたという時間の重みを視覚的に実感できるというわけだ。
チャーチルからキャメロンまで首相の数は12人(登場するのは半分くらい)。
相手が変わらないが故に、各人の個性や女王陛下との相性の違いが役者の力量もあって明確に浮かび上がる。


幕間にこの作品の脚本家ピーター・モーガン(映画「クィーン」、「フロスト/ニクソン」もこの人)のインタビューシーンがあったのだが、その中で彼は女王と首相との関係はセラピストと患者のようなものだと語っている。(女王の方が患者側になることもあり。)
椅子に座って変わらず「対話」をし続けること。そこから生み出される対立や役目を越えた心の絆。多少峻嶮に捉えていた女王の印象がこの作品で変わってしまった。

演出は「リトルダンサー」「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」などで有名な名匠スティーブン・ダルドリー。主演はヘレン・ミレン。彼女は映画「The Queen」でオスカー、この「The Audience」でローレンスオリビエ賞と、どちらもエリザベス女王を演じることで主演女優賞を獲得した。

少女エリザベスによって語られた女王の本音の部分、時折見せる沈吟の様、終盤のウィルソン首相とのエピソードにはほろりと。

映像化によりこういう海外の名舞台に触れる機会が今後増えることを切に願う。

wiki:
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Audience_(2013_play)
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by konekohaku | 2014-07-02 19:57 | movie・theater  

2014年6月分


先月観たものの感想などをざっと。


【オーシャンズ11】
同名映画の舞台化。
この手のものがあまり好物ではないので、原作の映画も宝塚版も観たことがないのであった。
一幕はほぼ出演者の紹介だけで終わり、2幕に入り11人が協力して悪役から現金(と彼女)を奪う。なんだ泥棒さんの話だったのか。

最前列の席だったので出演者がよく見えた。
香取慎吾君と観月ありさちゃん(おばちゃん的呼び方で失礼)はミュージカル畑の人でないので舞台で観ると若干違和感が残る。
観月ありさちゃんのスタイルのよさは想像以上。ぺたんこ靴で登場しても小顔の宝塚の男役が高いヒールを履いたくらいの腰の位置だ。脚がきれい~。
橋本さとしさんがさすがの安定感で目立っていた。
あと山本耕史さん、坂元健児さん(役にぴったんこで爆笑)、霧矢大夢さんなど。
@東急シアターオーブ



【シスターアクト】
映画「天使にラヴ・ソングを・・・」の舞台版。
数少ない私の日本でのミュージカル観劇経験の中で最高に楽しい!!!と感じた舞台。特に1幕。ストーリーはさておき楽曲がいい。
主役のマリア役は瀬奈じゅんさんと森久美子さんのダブルキャストで私が観たのはもりくみさんの方。持ち前の明るさと大らかさが役にぴったり。もちろん歌も◎。
キャストが皆さん素晴らしい。
おとなしくて純真なシスター・メアリー・ロバートを演じたラフルアー宮澤エマさんは、宮澤喜一元首相の孫!その先入観を吹っ飛ばすほどに歌えるのには驚いた。
「ミュージカル」を楽しみたい人には超おすすめな作品!
@帝国劇場



【市川猿之助・中車 襲名披露興行】
◆演目
一、太閤三番叟(たいこうさんばそう)
二、襲名披露 口上(こうじょう)
三、一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)

口上の時何が可笑しかったのかわからないけれど、出演者が観客に向かってひれ伏しながら肩を震わせ笑っていた(正確には笑いを押し殺すのに必死の様子だった)。特に亀治郎改め猿之助さん、笑いすぎやろ(笑)。
中車さんはもちろん歌舞伎役者としては少し浮いて見えるけれども、色んな事情があるにせよ、この年齢でこの世界に飛び込みここまで演じられるのはすごいことだなぁと思った。
猿之助さんのお蔦が色っぽかった~。
@尼崎アルカイックホール



【Kバレエカンパニー ロミオとジュリエット】
格調高く組まれた蒼い色調の背景の中でのバルコニーシーンの美しいことったら。いやもううっとり。
ジャンプの高さに衝撃を受けた数年前の熊川さんの姿は今回も観ることができなかったけれど(年齢か、または怪我を避けるためあえて封印されているのかもしれない)、ほんまにジュリエットが好きなんやねオーラ(?)を全身で表現されていたのはさすが。
そしてジュリエットを演じたロベルタ・マルケスさんは少女そのもので可憐だった。
欲を言えばジュリエットの仮死状態をもうちょっとしつこく表現してほしかったかな~。これは振付の問題でもあり。アレッサンドラ・フェリのあのシーンでのジュリエットがあまりに好きなのでどうしても比べてしまう。
今回も良席でパフォーマーの動きの隅々まで、オペラグラスなしで堪能できたことに感謝。
@フェスティバルホール



【宝塚雪組公演 一夢庵風流記 前田慶次・My Dream TAKARAZUKA】
正直宝塚のお芝居の方はどうも入り込めなくてもう男役さんしか観ていないのだった。
今回はトップコンビの壮 一帆さん、愛加 あゆさん、脇できらりと光る「まっつ」こと未涼亜希さんの退団公演だ。
まっつさんは歌えるし独特の存在感があるし、辞めはるの勿体ないなぁ。

ショーは奇を衒わず古き良き時代の宝塚を思わせる内容。友人の話だと演出家の中村一徳さんの作品はいつもこんな感じで、そのいい意味でのワンパターンさが魅力なのだと。すごくよくわかる。
次期トップに決まっている「ちぎちゃん」こと早霧せいなさんの華と煌めきに目が離せなかった。
@宝塚大劇場
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by konekohaku | 2014-07-02 19:43 | movie・theater  

Any Day Now


えーっと、
映画「チョコレートドーナッツ」を観たのだった

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ストーリー:
1979年カリフォルニア、歌手を目指しているショーダンサーのルディ(アラン・カミング)と弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)はゲイカップル。
母親に見捨てられたダウン症の少年マルコ(アイザック・レイヴァ)と出会った二人は彼を保護し、一緒に暮らすうちに家族のような愛情が芽生えていく。
しかし、ルディとポールがゲイカップルだということで法律と世間の偏見に阻まれ、マルコと引き離されてしまう。 ~シネマトゥディより


あちこちで大絶賛される中、こういう意見を書くと非難されそうだがどうも引っかかることがあってちょっと置いてけぼりを食らってしまった。

助けたいという思いは痛いほどよくわかるが、気にかけて面倒をみてあげるのと、親となってその子の人生を引き受けるのでは責任の重さに大きな差ある。恋人と出会って間がないあの状況で、長きに渡ってマルコを経済的に支え続けられるという確証はないはず。自分たちが誰よりも親になるに相応しいというあの自信はいったいどこから来るのだろう?本気でマルコを守りたいなら他の選択肢も含めもっと広い視野であたるべきなのでは?
なにより彼らの行動がとても不自然に感じてしまったのは、マルコの保護が目的であったにせよ、それ以上にゲイを理由に世間から拒絶されていることに対して意固地になっていたように映ったからなんだと思う。
それに昨日までほとんど口も聞いたことがない人に、いくら愛情に飢えているからといって子どもはそこまで心を開いて実の親子のように懐くだろうか? 
でもこれ実話なんだよな~と帰ってからプロダクションノートを読んでみると、ルディという実在の人物が同じアパートに住む薬物依存の母を持つ被虐待児の面倒を何度かみてあげたことがあり、それを知った脚本家がインスパイアされて書き上げたフィクションだとのこと。
(監督トラヴィス・ファインのインタビューより)
ふむふむやはり。

もう少し、ルディがどうしても里親になりたいと思うに至った彼自身の背景や、要保護児童を取り巻く当時の制度や施設環境面での問題点などを具体的に描いてくれたらもっとすんなり受け入れられたかもしれません、、、。


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性的指向の問題で社会的差別を受けるのは不当だ。それに対しての闘いはきちっとすべきと思っているけど、なんだかあれもこれもをごちゃごちゃにして感動物語を作りました臭がプンプンして不愉快だったわ。

しか~し

アラン・カミングの魅力は半端なかったけどね!(大好き)

オフィシャルサイト:
http://bitters.co.jp/choco/

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by konekohaku | 2014-06-02 19:18 | movie・theater  

Cabaret 2



<引き続きネタバレと妄想にご注意>


『キャバレー』は、
アメリカのクリストファー・イシャーウッドの短編集『ベルリン物語』を、イギリスの劇作家ジョン・ヴァン・ドゥルーテンが『私はカメラだ』という戯曲にしたものをベースにミュージカル化された。


      **************

映画版は1966年のオリジナル舞台版をもとに、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーが映画版を製作、1972年に公開された(舞台版とはエンディングが異なる)。


トム・フォードが監督し話題となった映画「シングルマン」の原作者として記憶されている方も多いだろう、恥ずかしながらキャバレーについては大昔から映画版に慣れ親みすぎていたからかこれまで調べようという気さえおこらなかったので、元をたどればイシャーウッドの作品に行き着くとは知らなかった。


クリストファー・イシャーウッド・・・
イングランド・チェシャーにて生まれ、イギリス陸軍の中佐であった父親の仕事の都合で様々な町にて幼少期を過ごした。
第一次世界大戦で父が戦死し、その後は母とロンドンで暮らすようになる。
サリー州のプレパラトリー・スクールでW・H・オーデンと出会う。
その後、医学を学ぶためにキングス・カレッジ・ロンドンに入学したが、1年で退校した。
イギリスのアッパー・ミドル階級の暮らしを嫌悪し、ベルリンやコペンハーゲン、シントラなどヨーロッパ各地で生活したのち、アメリカ合衆国へ渡る。
ゲイ男性の文筆家として著名。
48歳のとき、当時18歳だった画家ドン・バチャーディに出会い、亡くなるまで生涯のパートナーだった。
2007年には二人の生涯を追ったドキュメンタリー映画『Chris & Don. A Love Story』がリリースされている。

  (以上、太字部分はウィキペディアより)


「goodbye to berlin」は(邦題は「ベルリン物語」または「さらばベルリン」)イシャーウッドがベルリンに滞在した時(1931~1933)の見聞に基づいて書かれた作品。
まだ翻訳されていないようだが、その中の一篇「Sally Bowles」が世界短編文学全集の中にあったので近くの図書館で借り読んでみた。

主人公の男性の名はクリストファー・イシャーウッド、なんと作家本人だ。
クリストファーは知人の紹介で奔放に生きる歌手サリー(架空の人物)に出会い、意気投合した二人は同じ下宿に住みはじめる。

映画と同じく原作でもサリーはエメラルドグリーンのマニキュアをし、生卵とウスターソースをかき回して作った"プレーリ・オイスター"なるものを常食としている。
サリーは秘かにクリストファーに思いを寄せるが二人が男女の仲になることはない。
作中には映画のマクシミリアンと思しきお金持ちの男性も登場する。

映画版は舞台版を元にした、というよりこの「Sally Bowls」を膨らませたものと考えてよさそうだ。


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サリー・ボウルズはイシャーウッドがベルリン滞在中にアパートメントをシェアした、Jean Rossというイギリスアッパーミドルクラス出身の実在の女性をモデルに書き上げたキャラクター。
ジャーナリストで、サリーのイメージと違ってインテリだったようだ。
(下記動画参照)
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当時のベルリンはワイマール共和国の首都として急速に国際都市へと発展、人々は享楽的退廃的風刺的な大衆文化を生み出し、この町に多くのゲイアーチストが流れ込んだ。
性的にも非常に開放的な町だったようで、ゲイであったイシャーウッドも堅苦しいイギリスから自由な男性と関係を求めベルリンへやってきたとされている。
(http://en.wikipedia.org/wiki/Christopher_Isherwood より)

ところが一方でナチスが台頭、1993年政権を掌握するとレビューやキャバレーを代表とするアンダーグランド文化の弾圧が始まり、ベルリンの町はその様相を変えていく。
イシャーウッドはわずか2年でベルリンを去るが同性愛者が迫害の対象であったこともこの町を後にした大きな要因だっただろう。



こんな動画を見つけた。
タイトルは「The Real Cabaret」、案内役は舞台Emcee役で有名なアラン・カミング。
イシャーウッドが実際に住み、撮影にも使われたアパートや1930年頃のベルリンの様子、イシャーウッド、ライザミネリ、作品にゆかりのある人々のインタビューなど、お宝映像満載のビデオ。



この番組の中で脚本家のMasteroffhは舞台版キャバレーができたのは1966年、当時はナチスや中絶の描写だけでいっぱいでイシャーウッドのホモセクシュアリティのことまで描けなかったと語っている。
1972年の映画版でようやく彼の性的傾向に踏み込めたとのこと(ゲイではなくバイとしてだったが)。

フォッシーはイシャーウッドの性指向の描写抜きにしてキャバレーという作品は語れないと考えていたのでは?
どうして老カップルではなく若いカップルを取り上げたのか本当のところはもちろん制作陣に聞いてみないとわからないけれどいずれにしてもイシャーウッドの視線の先にあるサリーボウルズという陽気で嘘つきで孤独なキャラクターが、ミュージカル映画の素材として格別の光を放つ存在であったことは間違いない。
映画はアカデミー賞で監督賞、主演女優賞、助演助演賞など、8部門を制覇した。
(作品賞は受賞ならず、ゴッドファーザーが取った)


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    若い頃のイシャーウッド。ブライアンは彼にそっくり。


映画のサリーはやはり夢を叶えるためだけに恋を捨てたのではなく自分の自堕落な性格に加え、相手が芯の部分では男性しか愛せない人だったが故に将来的に二人の関係が破綻することを見越して別れを選択をしたのだろう。大人になって(てか、おばさんになって、だな)改めて映画版を観ると至る所でブライアンは女性より男性が好きなのだと暗示している。
いや暗示ではなく、明示、だ。
子どもの頃の私はそれを理解できなかった。(幼かったんだねぇ)

ちなみに映画版キャバレーのサリーを演じたライザミネリは1974年に最初の夫ピーター・アレンと離婚している。

”I married Peter and he didn't tell me he was gay.
Everybody knew but me.”

これはライザの語った言葉。ライザ・ミネリもサリー・ボウルズも叶わぬ恋に涙していた。
どおりで名演だった訳だ。
(おしまい)

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by konekohaku | 2014-05-27 19:35 | movie・theater  

Cabaret 1


<ネタばればれです ご注意ください>


初めて嵌った外国映画はライザ・ミネリ主演のキャバレーだった。
ビデオテープ(DVDではなく、笑)を擦り切れるほど繰り返して観たのは後にも先にもこの映画だけかもしれない。

ところが当時私はまだ幼くて(中学生くらいか?)大人の事情などわかるはずもなく、主役のサリーが恋人との別れの時、自らの決断であったにもかかわらず涙で振り返ることもできないほど辛そうにしていたのは何故だったのか、それに対して相手の男性はどうしてすっきり爽やかな笑顔でベルリンを去って行くのか、愛情が残っているのなら何故やり直そうとお互いに言い出さないのか、二人の離別の理由をどうにもこうにも理解することができなかった。

What good is sitting alone in your room?
Come hear the music play.
Life is a Cabaret, old chum,
Come to the Cabaret.

ラストで明るく熱唱するサリーはそう思わないとやってられない、といった風にその隙間隙間に笑顔とは別の顔を見せていた。

有名になりたいという自分の夢を叶えたかったから?それでは動機が弱すぎると子ども心に思ったものだ。彼女が別れを選択した本当の理由は何だったんだろう?



**************************************************


先月NYへ行ったとき、数年ぶりにリバイバル上演される同舞台のチケットを押さえたのだけれど急に他の舞台(これ)が観たくなり結局見逃してしまった。
渡米直前に、代わりに観てくれる同行の友人の予習用にと映画版のDVDをレンタルしたので、私も鑑賞することにした。実に数十年ぶりのCabaretだ。

有名な「willkommen」の曲を背景に、
(Leave your troubles outside!
Life is disappointing? Forget it!
We have no troubles here!
Here life is beautiful...
The girls are beautiful...
Even the orchestra is beautiful! )
後に主人公サリーの恋人となる男性(映画版ではブライアンという名のイギリス人)がベルリンの駅に降り立つところから物語は始まる。

ブライアンがサリーと出会って間もなくのシーンだった。二人の会話と行動を観て、私が抱いていた長年の謎は一瞬で解けた。
なんだ、そういうことだったのか。
まるで一つの石の存在で景色が一転してしまうオセロの板のように子どもの頃には見えなかったこの映画の別の姿が明白な形でもって浮かび上がりサリーが結局ブライアンとの別れを選択せねばならない事情が読めたのだった。

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リバイバル舞台はそれはそれは素晴らしかったらしい。
そして音楽は同じだけれども内容に関しては映画版とは別物だった、と友人は言う。

興味津々で、帰国後1998年BWリバイバル版の映像を観た。
映画版と違い、狂言回し的存在のEmceeを中心に据え、ナチスの台頭とともに老若2組のカップルの人生の歯車が狂わされていく様が平行して描かれていた。
老カップルの方は果物屋の男性と宿屋の女主人という設定。
人生の伴侶を得、幸せな日々を手に入れようとしていたまさにその時に、相手がユダヤ人と知って宿屋の女主人は婚約を解消する。
「私はもう老いて生き方を変えられない、これまで戦争や革命やインフレを一人で乗り越え生き残ってきた、ナチスやコミュニストがやって来たって自分は生きる!」

若いカップルについては映画と骨格はほぼ同じ。
小説のネタ探しにベルリンに立ち寄ったアメリカ人クリフがキャバレーで働くイギリス人歌手サリーと恋に落ちる。
ナチスによって様変わりしていく社会状況に嫌気がさし、ここを出ようとサリーを誘うが、いとも簡単にベルリンを捨てようとするクリフにサリーはついて行けず一人残る決断をする、といった感じ(合ってるかな?)。

なるほど舞台版は歴史と政治の影響を色濃く反映した、深い内容のものだった。

しかしそこでまた別の疑念が。
映画版のディレクター、ボブ・フォッシーはこの舞台から後に老カップルではなく、どうして若いカップルの恋物語の方を掘り下げて描く気になっただろう?
私が作り手ならより時代に翻弄された感の強い、老カップルの方にフォーカスするだろうに。

もやもやを解消すべく色々調べてみると面白いことがわかってきた。
いや、そんなことは基本中の基本の情報だろう、という声も聞こえそうな気もするけどめげずに次回に続きます。。。

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by konekohaku | 2014-05-25 20:09 | movie・theater  

Behind the Candelabra



昨年観た中で、強烈に印象に残った映画があります。
まだ上映中の地域もあるようなので時間が経ったけど書いちゃおう。
邦題は「恋するリベラーチェ」


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ストーリーは別に面白くありません(?)。

テレビの普及とともに絶大な人気を得ていった
実在の米ピアニスト、リベラーチェと
彼に見初められ、次の恋人の出現でいとも簡単に捨てられた男性の
出会いから別れまでが話の筋。
よくある愛憎劇です。
捨てられた方の男性、スコット・ソーソンの回想録(暴露本やね)
が元になっているのだそう。


個人的な意見ですが
この映画の場合、ストーリーが複雑じゃない分
それ以外が際立って
かえってよかったように思いました。


それ以外というのはですね、

ド派手な衣装や悪趣味な空間にみる
作り手の細部に至るまでのこだわり・心意気


そして

ドロドロの二人の関係をドロドロに演じた
マイケル・ダグラスとマット・デイモンの役者魂!




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脇がまたええんです。


いかにもあやしい美容整形外科医なロブ・ロウ
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リベラーチェの母親役はなんとなんとデビー・レイノルズ
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実はマイケル・ダグラスが苦手だったのですが
鳥肌ものの演技に印象が一変しました。
マット・デイモンも細くなったり太くなったり
ダグラスとのキスシーンやベッドシーンなども
そりゃ大変やったやろうと思います。
あっぱれですわ

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関わった人たちの
いいものを作ってやるぞ、といった本気やノリと
この映画に対する愛情が
スクリーンの隅々からビシビシと伝わってくるような、
演劇好きにはたまらない作品でした。


公式サイト
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by konekohaku | 2014-02-02 23:48 | movie・theater