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イミテーション・ゲーム


刑事(ロニー・キニアさん!)による尋問、隠されていた過去の吐露、回想。
どこかで観たことがあるなーと思ったら、映画「アマデウス」と構図がよく似てる。
となるとどうしてもあの傑作と出来を比べてしまうので
他の手法で描いてもよかったんじゃないかしら?
人物描写において若干一貫性に欠けるようにも見えました。

狡兎死して走狗烹らる、任務に伴うその後の生活の不便や
後の同性愛者ということでのあの扱いには言葉もなく。
多様性は種の存続の生物学的戦略、
意味深いとはいえ死後に名誉回復してもねぇ。

カンバーバッチさんについては安定の演技力だったけれど
顔の長さと彫の深くないところが自分を見ているようで時々辛い(笑)。
少年時代を演じた子がよかったなぁ~。
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by konekohaku | 2015-03-24 21:47 | movie・theater  

イントゥ・ザ・ウッズ


高い評価を得ているミュージカル作品の映画化。
夢いっぱいのディズニー映画と思って楽しみに観た方に
ウケが悪いのはよくわかります。

舞台ではこの奇想天外な展開もテンポよく、
ウィットに富んだセリフや
膨大な数の韻を踏んだ完成度の高い楽曲、
メタファーから類推される真の物語のメッセージ性などで
非常に心打つ作品に仕上がっている訳ですが、
これだけ映画の評判が悪いのは
監督の手腕に問題あるのか、ターゲットを間違えたのか、難解すぎるのか。

ディズニー作品として世に送り出したことには私は拍手。
よくやったなーと思いました。
これまで徐々に兆しはありましたが、これが完全に転換点となるでしょう。
(まあ逆戻りもありかもしれませんが。)
そもそもこの映画、ディズニーのコンセプトである
「幸せを願う」という姿勢に反する作品ではないですからね。


Mr. Sondheim’s great song “No One Is Alone” is a double-edged lullaby.
It acknowledges that everyone is ultimately alone,
although the shared understanding of that isolation makes life bearable.
(The New York Timesより)

いくたびかの喪失、困難を乗り越えて人生を全うするのは本当に大変なこと。
私もここ数年ひしひしと感じています。

この作品の肝でもある混沌、
私たちは道半ばで行く先を見失い頼りにしていた人とも引き裂かれ途方に暮れたとき
どうやって家に戻ればいいのでしょうか。

名曲「No More」がカットされていたのは残念でしたが
最後は楽曲の大いなる寛容と茫洋たる優しさに
抱擁され、背中を押され
目頭を熱くしながら劇場をあとにしました。

人生が輝きに満ちている若い世代や
自分を完璧な人間と思っているタイプの人には
向かない作品かもしれませんが
人間の弱さや愚鈍さを知り、世間をよくご存知の方には
きっと心に響く作品だと思います。


作詞・作曲:スティーヴン・ソンドハイム
脚本:ジェームズ・ラパイン
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by konekohaku | 2015-03-24 21:29 | movie・theater  

博士と彼女のセオリー


我が家には極端な理系人間が2人いるので
ホーキング博士関連の本やら映像やらには
普通の家庭より目に触れる機会が多かったように想像する。

しかし私生活のことはあまり知らなかった。

そうやったんや
と、馴染みがあったからこその鑑賞後の第一声。
そうそう、この映画は我が家の理系人間と観たのだった。

ジェーンさん(前夫人)の献身的なサポート、
決して憎みあうわけでもなく別れていくご夫婦の姿に
正面から人生の重みをもって
「あなたなら添い遂げられますか?」と問われている感じがして考え込んでしまった。

これは私たち夫婦だけかもしれないけれど・・・
長いこと夫婦をやっていると 
もう惚れた腫れたのラブラブした感情など消滅していて
(初めからあんまりなかったか?!)
しかし所謂普通の人が考える恋愛感情とは別の、
長きにわたりパートナーとして
少なからずお互い精神的に依存し合ってきたもの同士の間にしか存在しえない、
信頼や人間愛とでもいうべき目に見えない静かな絆があり、
ずいぶん前になるがそのあたり、
ノエルカワードの「秘密はうたう」というストレートプレイが
幾重にも捻りを加えつつも
熟年夫婦の本質を鮮やかに捉え表現していて心底感動したものだった。

今回の映画は(前夫人の手記が元になった作品だからかもしれないが)
たとえ夫婦という形態を解消した後も尚、
その絶対的な絆やこれまで二人で過ごした「時間」は
博士や前夫人の中に確かに存在し、
まあ、それは当たり前のことなんだが
後味の悪い別れ方などをすると消しゴムで消すかのごとく
それまでの幸せな記憶までなかったことにする中、
物理学的な「過去に向かう時間の矢」にも絡めて
ゼロになることはないと示したところがとても粋だった。

ALSという病気については親戚に同じ病の者がいたので
ご本人もご家族もどれだけ大変で過酷であるかは私なりに理解しているつもり。
前夫人の存在が博士の生きる原動力になったという事実、
ホーキング博士がこの映画にGOサインを出し、
試写で涙を流されたという事実、もうそれだけで十分だよね。
なかなかいい映画でした。
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by konekohaku | 2015-03-24 21:12 | movie・theater  

NTライヴ 欲望という名の電車 



「欲望」という名の電車に乗って、「墓場」という電車に乗り換えて、六つ目の角で下りるようにいわれたのだけれどー

昔々同名映画の冒頭でのこのセリフで心を鷲掴みにされたのだった。
どうやら私はメタファーで綴られる物語がツボらしい。

字幕付きで一級の舞台が観られるこの企画、
今回はロンドンのヤング・ヴィック劇場での公演を収録したものだが、
解説ではやたら画期的な舞台セットを強調していた。
劇場の中央(観客席が周りを取り囲む)に組まれた主人公ブランチが身を寄せる妹のアパートは時々回転するのだけれど、これって日本の舞台でもやってたような。
まあいいや。

今回のこの作品の見どころはなんといってもブランチ役を演じた
ジリアン・アンダーソンに尽きるでしょう。
いやー素晴らしい。
もうどこからどうみてもジリアン流「ブランチ」そのもの。
感情、性格、声、しゃべり方、動き方、なにからなにまで一寸の隙もなく。
なんだか若作りして風変りで好感持てない女性でしたよ、ブランチさんて、ってな感じで
あの空間ではカーテンコールの時以外、ジリアン・アンダーソンさんは
存在しませんでしたくらいの勢い。

ブランチがそこにいるから、
これは移民の力に押されるアメリカの暗喩だとかなんとか、
そんなことには今回思いが至らなくて
彼女の一挙手一投足に注目していた結果
これまでの人物像が揺らぎ始めて
今回新たにとんでもない疑問が発生してしまった!!
「ブランチは本当に狂ったのか」

もうこれだからお芝居観るの、やめられない。
奥の深い作品です。

(昨年ケイト・ブランシェットがオスカーを獲得した
ブルージャスミンはこの作品が元ネタですね。)


演出:ベネディクト・アンドリュース
作:テネシー・ウィリアムズ
出演:ジリアン・アンダーソン、ベン・フォスター、ヴァネッサ・カービー
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by konekohaku | 2015-03-24 20:47 | movie・theater  

ビリー・エリオット ミュージカルライブ リトル・ダンサー


最近これを観たい!という生舞台があまりなくて
気が付けばTOHOシネマ通いをしている今日この頃。
印象に残ったものだけざざざざーっと。
(ネタバレに関しては全く配慮しておりません)



【ビリー・エリオット ミュージカルライブ ー リトル・ダンサー】


まだ日本のどこかで上映しているんだろうか?
もう一回観たいー。
ただただ感動、滂沱の涙。
なんて素晴らしい作品なんだ!

映画「リトル・ダンサー」のミュージカル版です。
ロンドンのヴィクトリア・パレス劇場で行われた公演を収録したもの。

演出・監督はスティーブン・ダルトリー。

ダルトリーが関わった作品は
9・11テロの被害者家族であれ
アウシュヴィッツの看守だったという孤独な女性であれ
イギリスの女王様であれ
炭鉱労働者一家であれ
自分とは全く違う環境・立場にいる、
ある意味特異な状況に置かれている人たちを描いているにも関わらず、
全くもってその言葉や心情に共感してしまう。
監督の人を観察する能力が長けているのに加え
その感情表現に誇張も嘘もないからなんだろうと思う。
度を越すほどの善人や善行になんて
共感できないもの(できないのかw)。

ただ舞台版はブロードウェイで観た時も感じたのだが
若干ドタバタしすぎているような。

もちろんダンスシーンには迫力があり、
また見どころもたくさんあって
舞台は舞台のよさがあるのだけれど
私は映画の方が好きかな。
無表情で色彩に乏しい寒々とした風景があるからこそ
人間の温かさが際立って見えるように思うんだ。
セリフも映画の方が好き。

しかし舞台ライブで主役を務めたエリオット・ハンナ君は素晴らしかった!
降板したんだってね、残念。
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by konekohaku | 2015-03-24 20:28 | movie・theater