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passion


トニー賞の最優秀ミュージカル作品賞、脚本賞、楽曲賞、主演女優賞を受賞し傑作と評されながらも本国において興行的には苦戦した(らしい)ミュージカル「パッション」。日本初上演ということでいそいそと劇場に足を運びました。


作詞・作曲 スティーブン・ソンドハイム
脚本    ジェームス・ラパイン
翻訳    浦辺千鶴
訳詩    竜真知子
音楽監督  島健
演出    宮田慶子

キャスト
井上芳雄
シルビア・グラブ
和音美桜
福井貴一
@兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

*あらすじ
舞台は19世紀のイタリア、ミラノ。騎兵隊の兵士ジョルジオは、美しいクララとの情熱的な逢瀬に夢中になっている。しかし、ほどなくして彼は、へんぴな田舎への転勤を命じられ、その地で上官リッチ大佐の従姉妹で病気療養中のフォスカに出会う。病に冒されているフォスカは、ジョルジオを一目見て恋に落ち、執拗なまでに彼を追いかけるようになる。クララへの愛に忠誠を誓い、フォスカの愛を受け入れないばかりか、冷たくあしらうジョルジオだったが、やがて……。
(公式HPより)

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【楽曲について】
数多くの変拍子と転調、対位法や主題を用いての感情の表現。オーケストレーションが素晴らしくてやはりソンドハイムの楽曲は音楽的に抜きん出て完成度が高いなぁと感じました。今回は中ホールという狭い空間でありながらオケピが設えられ、高いレベルで演奏が聞けたので余計にその才能の一端を立体的に掴むことができたように思います。スコアがあったら見てみたいなぁ。私が気付いていない秘密がまだまだありそう。役者がセリフに抑揚をつけるが如く、歌詞にメロディが絡まりまるで文芸作品をストレートプレイで観ているような手触り。(不協和音を含め)完璧なる美の調和に酔いしれました。

【ストーリーについて】
イタリア映画の「パッション・ダモーレ」をベースに作られていて話の筋もほぼ同じ。ネットで観ていると面白いほどに主人公ジョルジオの心変わりに???の方が続出だった様子。米国での開幕時、同様の観客の反応をみたソンドハイム氏は大変驚いたそう。曰く “Perhaps they were reacting to the realization that we are all Fosca, we are all Giorgio, we are all Clara.” 御大の言葉からも察することができるように、この作品は登場人物を美化することもなく、利己的で、周囲の状況に影響を受け心境や考え方が変化する、完璧ではない等身大の人間を描いた哲学的な作品であると私は受け取っています。主題は「love」でも「affection」でもなくあくまで「passion」。情熱が生きる原動力となりうること、また、情熱的な愛に溺れている時の盲目的な状態や、関心がない人への冷たい反応、情熱が冷めた時の手のひらを返したような態度の変化、その時々の人間の心理が緻密な楽曲により鮮やかに表現されているように思いました。つい先ごろ観たシェイクスピアのオセロとの共通点も。主人公はどちらも軍人、極端な心変わりの背景には駐屯地という非日常の閉鎖的空間における精神の不安定さがあります。今回の脚本はWEバージョンが採用されていたのか、ジョルジオがフォスカへの愛を確信した後の熱唱があまりに唐突に映りあれは蛇足だったように思いました。あの場面で観客は置いてけぼりを食ってしまったのでは?(芳雄君の迫力ある歌唱が聞けたからいいんだけど)

【キャストについて】
何といってもあの難役を見事に演じきったシルビア・グラブさんの好演に尽きるでしょう。美しい方なので「醜いフォスカ」を演じるにあたって不気味なメイクをされており、余計に怖い印象を観客に与えたのかもしれませんが個人的には映画版ほど異様ではないと思いました。大袈裟になりすぎず、佇まいや表情、声質で作りだした陰気なフォスカ、本当に素晴らしい。井上芳雄君は全く音を外すことなく難曲を歌い切りさすがでした。押えた演技も〇。和音美桜さんは熟女という感じではなかったけれど、品がよくてよかったわ。

【気になったところ】
ソンドハイム作品の最大の魅力は歌詞にあると思うのですが、あの詩的な感触を日本語に翻訳するのは不可能なのだなと今回残念ながら感じました。例えばジョルジオがフォスカのこれまでの異常な行動と気持ちを理解するきっかけとなった「loving you」、あの曲でフォスカはあなたを好きになったのは choice でも to rejoice でもない、と言っているのですが、この韻を含みつつ表現された深い心のニュアンスを字数が極端に限られる日本語に置き替えるのはどうやっても無理。翻訳と訳詩の方は大変なご苦労をされたと思います。他、1幕物のはずが2幕で構成されていました。あえて分ける必要があったのかしら?

【まとめ】
余白を感じる演出や舞台美術も絵画のように美しく今シーズンの新国立劇場オープニング作品にふさわしい格調高いステージでした。どなたかが書いてらしたけど、日本のミュージカルもここまできたかという感じ。しかし難解な作品でありストーリー展開に拒絶反応を示す方(特に初見の人)を多く見受けたので、本作品のどこが高く評価されているのか、レクチャーの機会を設けるとかパンフレットに解説を入れるなどした方がよかったのでは?わかりやすく万人受けする演目はそれはそれで価値があると思うけれども(私も大好物)、こういう質が高く奥の深い作品を提供し浸透させていくのも公共劇場の役目だと僭越ながら思うのです。ミュージカルにおいては、演劇性や芸術性が上がっていくと興行的に難しくなるのかもしれませんが媚びることなく上質な作品を上演し続けてほしい〜。

# by konekohaku | 2015-11-22 00:30 | movie・theater  

マリア・ジョアン・ピリス&アントニオ・メネセス デュオ・リサイタル


ピリスさんとメネセスさんのコンサートに行きました。

ベートーヴェン:チェロとピアノのためのソナタ 第2番 ト短調 op.5-2
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111(ピアノ・ソロ)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008(チェロ・ソロ)
ベートーヴェン:チェロとピアノのためのソナタ 第3番 イ長調 op.69

アンコール
J.S.バッハ:パストラーレ BWV590より 第3曲
ショパン:チェロ・ソナタ op.65より 第3楽章

マリア・ジョアン・ピリス(pf)
アントニオ・メネセス(Vc)
兵庫県立芸術文化センター 大ホール


深い洞察力に色彩豊かな音、ピリスさんの演奏にはこれまで何度も驚かされてきたけれど、これほど味わい深い32番は聴いたことがなく今回もまた別次元の精神世界に触れたような気持ちに。32番はベートーヴェンの最後のソナタで、彼の最晩年と同じ齢を生きる今だからこそ、この曲に込められた万感の思いをピリスさんという一級の表現者を通して余計に汲み取ることができたのかも。最終章の幕切れにはほとんど泣きそうになりました。ピリスさんの演奏を聴くといつも、演奏者からピアノへ向かってのエネルギーだけでなく、打鍵によって響いてくる音が一度演奏者に吸収されて次の音に繋がっていくようなサーキュレイションを感じるのですが、メネセスさんとの間においても同様のよい循環が存在し、余白を含めたお二人の演奏に対する感覚が一体化しているのがよくわかりました。そしてメネセスさんのバッハの無伴奏。人格やテクニックに裏打ちされた深遠さと作曲者に対する誠実さが感じられ、音の一つ一つが細胞の隅々にまで沁み入る思い。この演奏からもピリスさんの音楽性と方向が一致しているなぁと。アンコールのショパンは濁りが一切感じられない美しさで言葉もなく。極上の音楽に触れて悦びに打ち震えた一日、そういえば子どもの頃から本当は何より音楽が好きだったんだ、とすっかり忘れていた自分を思い出させてくれました。

# by konekohaku | 2015-11-11 06:46 | music