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一組の夫婦が
広い海岸線を前に
静かに座っていた
男の頭には白いものが目立ち
女の顔に浮かぶ陰影も
もう若くないことを窺わせた
夫婦が二人きりで旅をするのは
何十年ぶりのことだろう
いつも側にいた子どもたちは成長し
一人ひとりと離れていった
果てがないかと思われるほどの大海原を背景に
二人の存在は取るに足らないほどちっぽけに見えた
えらい世話になってしまったなぁ
思い出したように男が急に口を開く
・・・そうやね
こんな経験させてもらえるなんてなぁ
・・・うん
すべてはあの ㇾ から始まったんやなぁ
・・・・・
男は3年前に妻がアンケート用紙につけた
ㇾ点のことを言っていた
夫婦の娘が通う中高一貫校で毎年配られる
「ホストファミリーバンクに関するアンケート」
それまでの3年間「受け入れ不可」にチェックを入れ続けていた女は
用紙をにらんで考え込んだ
介護の必要だった父親は逝ってしまった
上の息子は大学の入学とともに家を出て、部屋数に余裕もある
去年やってきたやんちゃな子猫はずいぶん落ち着いてきて
誰かに怪我を負わせる心配も減った
これまで受け入れ不可の根拠としていたものが
その年にはすべて解消されていた
バンクだから登録くらいしてもいいか
話が来て条件が合わなかったら断ればいいんだし
安易な気持ちで
女は「受け入れ可」にㇾをつけ、提出した
学校からはその日の内に電話が入った
「ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴザイマス~~!!!」
担当の先生の声は舞い上がっていた
中高合わせて約1000件ほどある家庭のうち
受け入れ可にチェックを入れたのは女の家だけだった
でたらめなようで
規則があるようで
抗うようで
たおやかなようで
波は寄せては返し
返しては寄せを続けている
そして最後は泡となって
消えていく
二人はまた口を噤み
黙って海を眺めていた
あたりが薄暗くなるとともに
冷えた風が吹き始めた
行きましょうか
よろけぬよう
踏みしめながら
二人は広い海岸を
再び歩きはじめた
おしまい
by konekohaku | 2012-09-14 19:00 | Australia